あしたのジョー」の中で最もよく知られているシーン「西うどん」の周辺情報をまとめておきます。

マンモス西うどん事件まとめです。




誤解されがちな「このうどん野郎」

「このうどん野郎!」

ジョーは、そう言いながらうどん屋台前で西を思い切り殴ったのでした。

と、思われているような気がします。

でもこれ違うんです。

「このうどん野郎!」という台詞はありますが、うどんの夜には言っていません。

うどんの夜というのは

原作の7巻P184~189、アニメ1の第43話、減量に耐えかねた西が、夜中にジムを抜け出し、うどん屋台でかけつけ2杯をやっているのをジョーに見つかったあの夜のことです。

この時ジョーは、うどん西を発見してボディにぶち込みますが、「このうどん野郎」とは言っていません。

では、うどん野郎はいつ言ったのか。

力石の死後、放浪からふらっと戻ったときです。

これがまたややこしいのですが、原作ではジョーの失踪は二段階に別れているのです。

まず、雪の夜に玉姫公園から駆け出し、暴力おでん屋にやられて病院に担ぎ込まれ、退院して一旦泪橋に戻ります。

段平の深刻な様子にいたたまれなくなってすぐにまたジムを出て行こうとするのですが、西は、ジョーをなんとか奮起させようと、けんかを吹っかけジョーを殴ります。

西があまりにしつこいので、とうとう怒り出したジョーが西を殴り返す、その時の台詞が

調子に…乗るんじゃねえこの…
うどん野郎ーっ!

KCコミック あしたのジョー(9)P96~97 (C)高森朝雄・ちばちてや 2012

です。

夜中にうどん食っといて人にああこう言うんじゃねえ!という意味です。

西は、片方だけ草履が脱げた状態で思川に転がり落ちます。

この草履片方思川事件も結構…

西を川に捨てたジョーは、結局また失踪し、バロン葉子用心棒ウルフゴロマキ権藤を経てようやく山谷に戻ります。

まず原作では二段階失踪になっていて、その一段階目と二段階目の間で「このうどん野郎」です。

二段階失踪自体が忘れられがちなので、「うどん野郎」が出た場面も勘違いされやすいのです。

アニメ2ジョーのうどんプレイ

アニメでのジョーの失踪は一度です。途中でふらっと山谷に戻るエピソードはありません。

つまりアニメに「このうどん野郎」という台詞はないのですが、アニメ2では、ジョーがうどん、うどん言って西を煽る場面があります。

第2話「男一匹花一輪…リングに賭けた」です。

リング復帰を決意したジョーは、集まった報道陣の前で西とスパーリングをします。

そこで執拗にうどんネタを繰り返します。

「ひょっとしてお前、まだうどん食ってるんじゃねえのか?」とか。

ジョーは本気でスパーリングをしたくて、西を怒らせようとしているのですが、

まだうどん食ってるって(笑)

「禁煙したと言ってるけど、まだタバコ吸ってるんじゃないのか」とか「酒やめたはずだけど、本当はまだ飲んでるんだろう」とかのノリと言うか。

うどんは、食べたらダメってわけじゃないと思うのです。

ここでこんなに笑ってる人私しかいないだろうと分かってはいるのですが、何度見ても笑ってしまいます。

何度思い出しても笑えると言ったほうが正確か。

アニメ2では西が段平に深夜うどんをカムアウトする

アニメ2第21話「力石の…唄が聞こえる」です。

ジョーの減量がいよいよ苦しくなって来た頃、丹下ジムに様子を見に来た西が、段平に告白します。

うどん食っててジョーに殴られたこと。ジョーの悲しそうな顔は、まるでうどん食ったのが自分のことと感じているかのようだったこと。そして、その時から心を入れ替えてボクシングに取り組んだのだということも。

回想シーンが出るので、うどん事件をもう一度アニメ2の絵で見ることができます。

驚く風もない段平は、大体見当がついていたのかも知れません。

マンモス西の減量幅と減量期間

西がうどん事件を起こすのは、減量の辛さに耐えられなくなったからです。

では、西はどれだけのウェイトをどれくらいの期間で落としたのか。それを検証します。

マンモス西の減量幅

西はヘビー級のウェイトでしたが、日本ではヘビーの試合ができず、ミドル級への減量が必要でした。

プロテストの計量での西のウェイトは、179パウンド(=81.913kg)と分かっています。

それをミドルのリミット、160パウンド(=72.757kg)まで落としたということは

81.913kg - 72.757kg = 9.156kg

9kg以上を落としたことになります。

西の減量期間

その期間はというと…

西は、少年院を出てすぐに段平のところへ来て練習を始めていたものと思われますが、プロテストに合格して紀子からトランクスがプレゼントされたときに段平が

西はいまヘビー級だが(中略)
きびしくウェイトを下げにゃならんのだ

KCコミック あしたのジョー(6)P145 (C)高森朝雄・ちばちてや 2012

と言っていることから、減量開始をこの日に設定することにします。

これはジョーのプロテスト合格発表の日です。

何月だったのかを推定する手がかりは、

  • ジョーの退院は春ごろで、退院翌日段平逮捕の日のジョーは、いつものコートを着ている
  • 少し後の新人王決定戦に乗り込んでウルフ金串にクロスカウンターを決める日には、コートを脱いで手に持って歩いている。
    東京なら4月はじめ頃の気候と思われる。
  • ウルフカウンターの日にジョーはもうプロテストを申し込んでいて、試験は3日後の第2日曜日。
    おそらく4月の第2日曜日。
  • ジョーはこの試験に落ちて次の月の第2日曜日に再受験して合格、合格発表は試験の一週間後
    →紀子トランクス贈呈日=西の減量開始日は、5月の第3日曜日。

減量開始は、5月の後半です。

次に減量完了日ですが、これは判然としません。

ただ、デビュー戦の日の計量にパスしているのは確かなので、とりあえず初試合の日を完了日として考えてみます。

実はジョーと西のプロデビューの日付は、ほぼ確定しています。

デビュー戦が決まったのは6月だろうと思います。

試合が決まったと段平がふたりに報告するのは、きゃーバカエッチ事件の日なのです。

きゃーバカエッチ紀ちゃんの着ている(脱いでいる)セーラー服は、夏服なので、これは6月1日以降ということになります。

同じ日に段平の言う試合の日取りは、「来月の21日」です。

後のウルフ金串ー矢吹丈戦が秋であり(試合の後、ジョーに差し入れ食料を買い込んでくる西が「食欲の秋」と言っています)、デビュー戦からジョーが連勝してのウルフ戦だったことを考え合わせると、デビューは、どんなに遅くても7月でないと無理でしょう。

おのずと、矢吹丈とマンモス西のプロ初試合は、7月21日になります。

サマリ:
西の減量開始日は5月の第3日曜日
西のデビュー戦は7月21日

デビュー戦前の計量までを減量期間とするなら…

西は、9.2kgほどを2ヶ月で落としたことになります。

トランクス贈呈日の西は、まだまだ脂肪質に見えるので、力石やジョーの減量に比べれば落としやすかったとは思いますが、厳しいトレーニングをしながら食べるものを控えることが、そう楽なことであるはずがありません。

トクホのコーラもありません。

西も結構きつい減量をしたと言えるでしょう。

うどんの夜の西はどれだけ増量していたのか

この日(うどんの日)、ジョーと段平が揃って西の体格の異変を指摘しています。

西に腹筋を踏ませているジョーは

ライトベビー…いやヘビー級ほどにも感じるぞ

KCコミック あしたのジョー(7)P182 (C)高森朝雄・ちばちてや 2012

それを見た段平も

わしの目にもヘビー級ほどに見えるぞ

KCコミック あしたのジョー(7)P182 (C)高森朝雄・ちばちてや 2012

と言っています。

以下、ふたりの見立てが的中していたものとして考察します。

当時はクルーザー級という階級はなく、ライトヘビーの上はヘビー級だったはずなので、こう↓だったことになります。

階級体重(kg)体重(ポンド)
ヘビー級79.379kgより上175lbより上
ライトヘビー級79.379kg以下175lb以下
ミドル級72.757kg以下160lb以下

西は、ミドル級の72.757kg以下に落としていたはずですが、この日にはヘビーくらいに、79kg超えレベルに太っていたことに…

少なくとも7kgくらいは増えていて、もしかするとプロテストの日の約82kgあたりまで戻っていたかも知れません。

西も定期的に試合をしていて、試合前の計量にはパスしていたはずです。

うどん事件の直近の試合がどれくらい前だったのかは不明ですが、それほどの日数ではないでしょう。

ずっと食事制限していた西が、ある日とうとう我慢できなくなり、禁断の隠れ食いに走る。

体重は急激にリバウンドして試合に出ることも難しい状態になっているのに、もう食欲をコントロールすることが出来ず、物事の判断に狂いが…

極端なダイエットの結果こんな事態に陥る話は、ボクシングと関係のない一般の世界でもよく聞きます。

力石やジョーの減量は、無理すぎやりすぎの自殺行為に近い所業で、通常のダイエットにはまったく参考になりませんが、西の減量とうどん事件は、失敗のモデルケースとして学ぶところのある逸話です。

力石とジョーの減量についてはこちらに

うどんを境に変わった西

うどん前の西は、練習が嫌いで、いつでもサボる隙をうかがっていますが、うどん後に変わります。

アニメではこの変化がよく分からないのです。

重要な場面がカットされているので。

原作だけにあるその場面というのは…

段平とジョーが力石のバンタム初試合(パンチョ・レオ戦)から帰ってきた夜のことです。

西が珍しく自主練をしています。

力石が勝ったと聞いて西が言ったのは

でっしゃろな
あの人は根性があるよってに

KCコミック あしたのジョー(8)P19 (C)高森朝雄・ちばちてや 2012

でした。

西は、力石は強いから勝った、天才だから勝ったと言っているのではなく、根性があるからと言っているのです。

力石はなぜ強いのか。自分はなぜ力石に劣るのか。考えた結果でしょう。

この時から西のサボり癖はピタリと影を潜め、ウェイトが上がることもなく、ひとつひとつ着実に勝ち星を重ねて行きます。

林屋を任されるようになったのも、西のこの静かな強さがあってのことです。

アニメにはこの場面はなく、ふたりが試合から帰ったとき西は屋根裏で寝ています。

なぜここを省いてしまったのか。

「わいのためにジョーが泣いたんやー!」とか、西がわめくエピソード作らないでこっち入れてくれたらいいのに…

「あの人は根性があるよってに」

アニメにはなく、多くの人に受け流され、これからも注目されることのないこの台詞には、とてつもなく重要な意味があります。

梶原一騎生原稿の中のうどん事件とその顛末

「あしたのジョー」原作の梶原氏(高森朝雄氏)の直筆原稿が、一話分だけ残っています。

作画のちばてつや氏は、すべての原稿を保管していたのですが雨漏りでダメになってしまったそうで、現存するのは一話分だけ。

その一話とは、ちょうど上記の箇所、力石ーパンチョ・レオ戦の夜の特訓の場面です。

この原稿は、「文藝別冊ちばてつや漫画家生活55周年記念号」に掲載されています。

全部お見せしたいところですが、そうも行かないのでかいつまんで…

コミックに掲載された最終稿と、いくつか違う点があります。

梶原案の西は、どうやら丹下ジムに暮らしているのではないらしい

生原稿では、二者同時アッパーをジョーがよける練習を考え付いた段平が、西を呼びに行ってくると言ってジムを出て行くことになっています。

西の住まいは、元々ジムではなかったみたいです。

梶原案のマンモス西は、うどんで引退?

段平は、西がここ数日ジムに来ないのを訝しんでいますが、ジョーは、うどんを見つかったからもう来ないだろうと考えている様子なのです。

ジョーは、男があんな醜態を晒したら二度と顔を合わせられないだろうと考えています。

実は私もずっとそう思っていました。
どうして西は出て行かないの?と。

梶原生原稿だと、西はここでボクシングから遠ざかっていて、消えるかも知れないふうに読み取れます。

それはそれでリアリティがあります。

張り切って入門したものの、イヤになって脱走orフェイドアウトとなる選手は、実際には大勢いると思うのです。

ボクサーがリングを去るパターンには何通りかあり、力石やジョーのような完全燃焼エンド、ウルフなどの負傷エンド、稲ちゃんのドサ転向エンド、ホセが狙っているであろう勝ち逃げエンド、などなど。

…力石は、逮捕エンドも経験していたんでしたっけ。

「あしたのジョー」には、様々な引退ケースが出てきますが、ばっくれエンドというのを見せる選手がいても不自然ではなく、それを西が受け持つ感じだったのかなと。

しかし、(おそらくちばてつや氏によって)西は、丹下ジムに留まり、何も言わず、ただその行動でうどんの恥辱を挽回していく、大きく深みのある人物になりました。

私が言いたいのは、

ここでボクシングをやめず、ジョーや力石のスター性をひがむことも、自分と引き比べて卑下することもなく、黙って自分なりの一歩一歩を進んでいった西は、本当にすごい奴だということです。

ところで生原稿では…

段平に引っ張られて(どこから引っ張られてきたのか不明)来た西は、ジョーと目を合わせないようにおどおどしていますが、ジョーに「うどんの夜の恨みをここで晴らせ」と耳打ちされて、例の特訓につきあうことになります。

うどんナイトには、「よく真面目な顔して怒ってられるな」と変に感心していたのですが、ジョーも内心は相当ウケていたことが、後の台詞の端々に見て取れます。

鉛筆書き梶原生原稿全編はこのムック↓に。

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