ジョーの時代を知りたい!あしたのジョーに登場する全物価一覧

2018年8月15日

「あしたのジョー」が少年マガジンに連載されていたのは、1967年12月発売の1968年(昭和43年)1月1日号から1973年(昭和48年)5月13日号でした。

物語は当時のリアルタイムを舞台にしているので、矢吹丈が私達に見せているのは、昭和43年から48年頃の東京ということになります。

1968年前後の時期は、三億円事件安田講堂といった大事件が起きる一方で、いざなぎ景気と呼ばれる好況を迎え、アメリカンドリーム達成をテーマにした「人生ゲーム」というボードゲームが発売されるなど、混沌の中に希望の光る、「あした」というワードが似つかわしい時代だったようです。

そんな「ジョーのいた時代」とはどんな雰囲気だったのかを探る上で、作中の物価、登場人物の金銭感覚が参考資料になるのではないかと考え、物語の中に出てくるモノの値段をすべて洗い出してみました。

連載された時代を知るための試みなので、基本的に原作の中の物価を調査しています。

アニメ1だけに出てくるモノの価格もいくつかあり、こちらは参考のために一覧に含めましたが、アニメ2は放送が昭和55年と1980年代に入っいることに加え、時代設定が放送した当時に変更されているので、ここではデータから除いています。

あしたのジョー 全物価一覧

あしたのジョー物価小銭

費目 ジョーの世界 掲載箇所と補足情報 現在ならいくら?
ドヤ街1泊 100円~150円 コミック1巻P9あたりの看板
文無しなので土間でいいから一晩寝かせてくれと頼むジョーに、宿の主人は土間30円物置50円廊下70円と言っています。
現地調査によると2000円前後
太郎がパチンコ屋の前で拾った玉で稼いだ額 200円がとこ コミック1巻P79の子供たちの会話
太郎はパチンコがうまいと言う話
全く見当がつきません
段平がジョーに支払う日当 500円 アニメでは2話のラストで1日500円と契約を交わしている
コミックでは1巻P91でボクシングの練習後に段平が100円渡すとジョーが少ないと言うので、段平はしぶしぶ500円渡す
ジョーが鬼姫会に請求した慰謝料
(但:段平の怪我)
30万円 100万と言いたいとこだけどマケて30万と持ちかける
鬼姫会がジョーに支払った慰謝料 3万円 30万をさらに値切って3万
鬼姫会は、ジョーが組に入る支度金だと言って渡す
ジョーが子供たちを引き連れて入ったパチンコ屋で買った玉 600円 コミック1巻P95
600円でジョーと子供たち全員の分が買えた模様
全く見当がつきません
ジョーが叩き売りしていたビスケット 30円 さくら役のキノコが「こんなに安いビスケットは初めて見た」と言い、ジョーは「普通の店では100円以上する品物」と言っている。 高級なものなら500円~1000円くらいのものもあるかも
ジョーが寄付金詐欺で集めた額 100万円 コミック1巻P127
葉子がジョー詐欺で寄付した額 10万円 コミック2巻P20では10万
アニメ第4話では20万
ジョーが山谷にジョーパラダイスを建設するために必要だと考えている額 1億円 福祉マインドに満ちた貧困救済プラン。
遊園地、病院、養老院、マンション、保育園、工場を建設
元々当時でも1億じゃ無理な規模の話なのでなんとも…
ジョーに憧れて丹下ジムに入門させてくれと言いに来た石倉に段平が請求する入門料(言い値) 10万円 アニメ第34話

アニメだけのエピ

住込印刷工石倉が何年もコツコツ貯金したお金

段平は、こんな大金を一日で用意できるような金持ちがボクサーとして成功するはずがないと言う

元々言い値なのでなんとも…
暴力おでん屋がサラリーマン2人組から取ろうとした額 18,000円 アニメ第53話
おでん2皿と焼酎2,3杯分の会計
元々ありえない金額なのでなんとも…
葉子が南郷に提示したカーロス・リベラ戦のファイトマネー 150万円 コミック11巻P62
東洋タイトルマッチでチャンピオン側が受け取るクラスの額だと南郷サイドは驚いている
ドサ回りに旅立つとき上野駅でどこかの子供と食べたラーメン1杯 100円? アニメ66話
ジョーがふたり分の代金として白っぽい硬貨2枚を出すと
一緒にいた子供が割り勘だと言って同じような硬貨1枚をジョーに渡している
当時500円玉はないので100円?※アニメだけに出てくる場面なので参考程度に
700円から1000円くらいか
ドヤのチビ連が、ドサ回りに行くジョーの餞別を買うために集めたお金
そのお金でお守りを買っている
153円 アニメ1の第66話「明日への旅立ち」

※アニメだけに出てくる場面

お守りは大体500円くらいか
上野駅の入場券 30円 アニメ1の第67話「小さな冒険旅行」

※アニメだけに出てくる場面

70円
ドサの草拳闘の大入り袋の中味 5円 アニメ1の第68話「仕組まれた八百長」
ドサ回りメンバーは5円の大入り袋をしょっぱいと不満げ※アニメだけに出てくる場面
山谷を訪れたカーロスとロバートがドヤの子供たちに段平の居場所への案内料として渡した金額 5,000円 アニメ1の第70話「気になるあいつ」
ロバートは「少なすぎますか?」と言うが、太郎たちはあまりに高額で驚いている※アニメだけに出てくる場面
葉子がカーロスに提示した対矢吹エキシビションのファイトマネー 180万円
(5000ドル)
コミック12巻P146
アニメでは、カーロスの方がジョーと試合をやりたいと言い出す。
原作では、ジョーがカーロスと試合したいと言い出し、葉子が金額を提示してカーロスとロバートを落とす。近くにいた男が、5000ドルは東洋タイトルマッチクラスのファイトマネーだと驚いている
後楽園球場でのカーロス・矢吹戦リングサイド席定価 8,000円 コミック13巻P137
これはタイトルマッチでもなく、どの位の額が相場なのか想像がつきません
後楽園球場でのカーロス・矢吹戦リングサイド席当日ダフ屋価格 25,000円 コミック13巻P137
葉子が滝川修平サイドにハリマオとの対戦のファイトマネーとして提示した額 200万円 コミック18巻P22

滝川の会長は、200万は東洋タイトルマッチでチャンピオンが受け取るくらいの額だと言っている

?
白木ジムがホセ・メンドーサと交わしたホセの日本での興行権の独占契約料 1500万円
(5万ドル)
コミック17巻P69
葉子は「ほんの5万ドル」と言い、段平は「ひええっ」とおののいている

暴力おでん屋の請求額の法外っぷりが光ってます。

物価から見えるもの

カーロスとジョーが戦った頃1ドルは360円だった

ドル札_カーロス戦は1ドル360円

白木葉子がカーロス・リベラに提示したファイトマネーが5000ドルで180万円、ホセ・メンドーサと交わした契約料が5万ドルで1500万円となっています。
(作中にそう書き添えられている)

これは当時固定相場制だったドル円相場が、1971年末まで1ドル360円、1971年末からは308円に変わったためです。

300円台か…

葉子の口ぶりから、ホセはこの時ドルで受け取ったものと思われますが、米ドルでもメキシコペソでもなく日本円で受け取っておけばその後ウッハウハでした。

このことから、完璧な男であるはずのホセは、実は投資のセンスや世界情勢を見る目には欠ける人物だったことが伺われます。(大きなお世話!)

白木財閥とドヤ街の別世界ぶり

山谷の金銭感覚と葉子の金銭感覚のギャップが目立ちます。

2017年山谷ドヤ街の自動販売機100円
2017年山谷ドヤ街の自販機 100円機が多い

ジョーがビスケットを叩き売りした売り上げが30円のとき、葉子は、ジョーの詐欺話にポンと10万出していることからも分かるのですが、葉子がジムを継ぐに及んでその落差はますます際立ってきます。

白木ジム会長になってからの葉子が口にする金額は、どれも桁違い。業界内においても相場をはるかに上回る異常な額を連発しています。

葉子は、自分の持っている力のすべてをジョーに注ぎ込んでいて、お金はそのひとつに過ぎませんでした。

読者にはそれが分かるのですが、ジョーの位置からはそうは見えず、葉子のことは、余った金でジョーの人生をコントロールしようとする奴、金で買えないものはないと思っている奴と取っていたフシがあり、そういう前提でいたからこそ、カーロス戦のファイトマネーを上乗せされて怒り出したのかな?と思います。

自分のためにすべてを捧げている人がいることにジョーが気付いていなかったことは残念ですが、こうして山谷と白木財閥のお金の使い方の違いを並べてみると、無理もないことだったかなという気もしてきます。

葉子の愛情は、財力によってとてつもないスケールで事象化するので、それが厚意から発したものであることが見えづらくなってしまうのでしょう。

紀子の持ってくるトマトのサンドイッチなら分かりやすいですが…

つまり葉子は、金持っていすぎて愛が伝わらなかったということ?切ないです。

富裕層と貧困層が、今よりもずっとかけ離れていた時代だったように思えるのです。

変化が幸福だった時代

山谷再開発反対
いろは会商店街入口近くのサイン

ところで山谷の人々は揃って貧乏ですが、貧乏だから不幸だと思っている人はひとりもいないように見えます。

反対に葉子の方が、令嬢の悲哀を漂わせていてあまり幸せそうには…

生まれたときから用意されていた安定した未来を壊したがっているようにすら感じられます。

安定はどこか停滞に似ています。
安定した生活がベストであるとは限りません。

激変する時代を静かな邸宅の窓から眺めていればいいと言われる葉子に対して、日雇い労働者たちは、ある意味この東京の立役者として、日々変化とともに生きています。

変化が幸福とダイレクトに結びついていた時代。
それは「あした」に希望を持てる時代だったとも言いかえることもできるでしょう。

それがジョーの生きた時代、ジョーのいた東京だったのかな?と思います。