「あしたのジョー」ジョーと力石が投げつけあった友情を振り返ると
矢吹丈と力石徹は、少年院で出会い、会ったその日に殴り合います。
永遠の別れになる日もふたりは殴り合っていましたが、ふたつの殴り合いは、まったく意味が違いました。
憎みあっていたはずのふたりは、いつの間にか会話のない親友とでも表現したい究極の友情で結ばれるようになります。
ふたりの間の出来事というのは、数えられる程度しかないのに…
ジョーと力石は、なぜ魅かれ合ったのか、一緒に行動することがほとんどない中で、ふたりの心はどうやって結びついたのかを探る試みとして、それぞれの立場から、力石から見たジョー、ジョーから見た力石の軌跡を振り返ってみました。
※原作に限定しています。
Contents
少年院時代の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
葉書が来たので届けてやった新入り | 自転車で手を轢きやがった |
豚に乗って脱走しようとしてた | 暴走する豚の集団の前に立ちはだかってるバカと思ったら豚を殴り倒して脱走を邪魔された |
脱走を阻止したら泣きながら殴りかかってきたけどジャブ以外はさっぱりだった | 悔しくて殴りかかったら信じられないほど強かった |
自分をおびき出すためにエスメラルダ中断 | 油断してるところをぶっ飛ばしたのに試合が決まったら予告KOの上にノータリンと抜かしやがった |
医務室の窓ぶっこわして飛び降りてクロスカウンターを小一時間で習得。犠牲者数知れず | 暴れ牛の特訓てなんだよ |
1分でKOするはずが何度倒しても立ち上がってきて相打ちに | 1分KOだけは阻止してやろうとリングの上を走り回って逃げてたらフットワーク使い始めた |
力石に勝ちたいと言って段平に土下座してた | 主に見捨てられた野良犬とかなんとか笑いやがった |
段平に捨てられて哀れなまでの焦燥ぶり | 青山と試合したらおれが負けるかもしれないくらいのことを言いやがる |
意地になって自分と同じ12オンスのグローブで試合して負けそうになってた | 12オンスのグローブをを使うというのでマネしたら想像以上に重かった |
負けると見ていた青山戦途中でフットワークと防御をやり出して逆転勝ち | |
果し合いを申し込みに行ったら、試合後なのに自分を倒すために練習してた | 果し合いに来たときすでにリングシューズまで履いていた |
いやに強いと思ったら石握ってた | なぜ今日果し合いをするのかと思ったら一週間後が退院だった |
退院の日、力石待てと暴れて手錠かけられてた | 自信ができたら戦いに来いと言い残して退院していった |
プロ再デビューしたらウェルターのはずがフェザーに降りてた |
ジョー無茶苦茶(笑)
おそらくジョーは、最初のカウンターパンチを受けた時から力石に惚れていたでしょう。
しきりに友情を投げつけていますが、本人はそれが友情とは気付かず、力石を文字通りの「憎いあんちくしょう」だと思い込んでいます。
退院する力石へのからみようを見れば、ジョーが力石と離れたくないのは誰の目にも明らかで、力石もそう分かったと思いますが、ジョー本人は、その気持ちが何なのか理解できないまま混乱しています。
にしても、あんなにまで暴れるなんて…
ジョーは、その生い立ちから、自分を置いていく人とはもう会えないものと感じる癖があったのかもしれません。
孤児院を脱走しては泥棒行脚、ケンカ行脚を続けていたジョーは、他人と深く関わった経験がなく、誰かと再会することや、また会う約束など無縁だったでしょうし、ましてや友人との間には本質的な別れはないことなど知っているはずもありません。
力石のほうは、最初はうるさい虫を追い払うくらいの気分だったでしょうが、試合をしてからきっぱりと憎しみを捨てています。
以降は、何かにつけて張り合ってくる弟を軽くあしらう兄のような雰囲気で、あくまでクールに一枚上を行く自分を見せ付けています。
ジョー退院後の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
自分との対戦が生きがいだと言って白木ジムの誘いを蹴った | 白木ジムに移籍すると聞いてもそっけなく「忙しいのでこれで」 |
1階級上の選手とスパーリングして一方的に押してた | |
怒りのままに段平を階段からつき落として窓割ってた | ど素人と呼びやがった。段平の邪魔が入らなければ殴り倒してやったのに |
新人王決定戦の控室前をうろついてて、立ち入り禁止の貼紙が見えないのかと聞かれ「見たから入ってきた」と答えてた | |
プロ入りのために新人王ウルフにクロスカウンター。ついにやったな矢吹 | 新人王決定戦で試合始まってるのに自分のほう見てて一時劣勢に。そのわりにはすぐにKO勝ちしてた |
いきなりB級プロテスト受けてる…しかも落ちてる… |
どうしたわけか、ジョーがプロテストに落ちる頃には、力石はジョーをベタ褒めしています。
ジョーが自分と対戦したいがために白木ジムのオファーを断ったことは、うれしかったでしょう。
でも…
それで俺らどうやって試合すんだよ、おい。
と思っていたかな?
白木ジムでジョーが大怪我させた段平を連れて帰るとき、葉子が「泥沼」「やり切れない」と言うのに対して力石が
おれもやりきれんです!
こっちまで気が滅入ってくる
KCコミック あしたのジョー(5)P192 (C)高森朝雄・ちばてつや 2012
と答えているのは、ジョーを意気に感じはするが、結局お前はプロにならないのかという、やや複雑な落胆の表れだったのかな?と思います。
この時は誰も、すぐに丹下ジムが認定されるとは思っていませんでした。
続くウルフカウンターの逆転劇。
力石は、これで惚れちゃったね。
そりゃそうだわ。これで惚れるなってほうが無理。
ジョープロデビュー後の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
こちらは名ばかりプロボクサー。力石はメインエベンター… | |
プロデビューから毎試合クロスカウンター |
ジョーと力石。
どちらも相手をチラチラと見ながら、目の前の試合をこなしていた時期です。
対ウルフ金串戦の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
トリプルクロスをやるためにウルフのダブルクロスを3度受ける | ダウンしたら飛んできてリングをぶっ叩きながら「立つんだジョー」→あの力石が警備員に怒られてた |
矢吹丈は本物だった | 力石の方が駆け寄ってきて花道で握手を… |
この試合でとうとう力石が、激しく感情を表出させます。
いつも騒がしい段平が静かにしている試合だったことも手伝って、この日力石が、ダウンしたジョーを叩き起こすシーンは印象的です。
最後にトリプルクロスでウルフを刺すジョーを見て力石は、ジョーを本物だったと、これまで保留にしていた評価を確定させます。
でも力石は、ずっと前からジョーを本物と思っていたのでは?
力石の言っているのは、ボクシングの技術の話ではなく、ファイティングスピリッツのことだと思うのです。
ならば、少年院で試合したときから知っていたはず。
ここで力石の言う「本物」とは、さらにひとつ上の次元の、命を懸けて戦う価値のある男かどうかということだったのかも知れません。
自分のすべてを注ぎ込んででも戦いたいと思わせる男がそこにいて、相手も自分との対戦を痛切に望んでいる。
観衆をかき分け、花道に飛び出して行った力石は、無上の喜びに突き動かされていたことでしょう。
次は俺の番だと差し出された右手。
ジョーには、力石の気持ちが余すことなく伝わったことでしょう。
ふたりの心は今、完全に一致しました。
対戦前の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
本来フライ級の体格なのにバンタムにいるのは自分を意識してのことに違いない | 自分との対戦のために命がけの減量してる奴 |
こうして力石の減量が始まります。
力石の決意は固く、周囲の反対にまるで耳を貸しません。
漏れ伝わってくる力石の凄まじさに応えようと、ジョーは異常な特訓を続けます。
スポーツ記者たちは、双方のジムを精神病院と呼び、どちらも負ける試合になるのではないかと不吉な予想を立てています。
対戦後の力石徹と矢吹丈
力石から見たジョー | ジョーから見た力石 |
最後のアッパーで倒してやったら握手しに来た | 最強の男が自分を研究し尽くしてた。負けて悔いなし。「おれは幸せ」 |
ジョーがふらつく足取りで力石に握手を求めたとき、力石はどんな気持ちだったでしょう。
力石なら、ボクシングの強さを称えられることになど慣れていたでしょう。「強い」「巧い」「さすが」どんな言葉も言われて当然、挨拶程度に受け流していたと思います。
でも最大のライバルからの
さすがに力石だ…
まいったぜKCコミック あしたのジョー(8)P210 (C)高森朝雄・ちばてつや 2012
これは格別です。
死力を尽くした相手からの飾り気のない賛辞。
これ以上うれしいことが他にあるでしょうか。
人生最高の勝利。人生最高の言葉。人生最高の友。
最高のフィニッシュおめでとう力石。
それで残った者はどうすればいいのか。
力石はもう何も言わず、いつでもジョーの一歩先を行っていたその背中を見せ続けるだけです。
力石とジョー
「あしたのジョー」のふたりのボクサー。力石徹と矢吹丈の間で起きたことはこれだけです。
ジョーは、冬に逮捕されて、夏までの間に少年院に移送され、夏に力石と試合、秋に力石退院、翌年春にジョー退院、その年の冬に力石矢吹戦なので、期間にして2年足らずです。
ふたりが話をしたのは、14回しかないのです。(原作)
- 力石がジョーに葉書を届けにきたとき
- 豚脱走阻止後の殴り合い中
- エスメラルダの時の一連のいざこざ
- 力石猛牛特訓後
- 少年院での試合(公式)
- 段平にコーチしてもらえないジョーが力石の練習をぼんやり眺めていたとき
- ジョーが段平に土下座したのに指導を断られるのを力石が見ていたとき
- ジョーが青山に「段平に何を教わったのか」と問い詰めるのを力石が諌めたとき
- 果し合い非公式試合
- 力石退院のとき
- 白木ジムで練習中の力石を見学したとき
- 新人王決定戦の控室前で会ったとき
- ウルフ戦後の花道握手
- 力石矢吹戦のとき
互いの過去や将来の夢について話したことはもちろん、談笑しながらの食事も、横に並んで歩いたことさえありません。
ずっと後、カーロスが日本を発つときにジョーがこう言っています。
あの懐かしい力石の場合にしてもそうだったが
互いの血と汗をたっぷり吸い込んだグローブで
徹底的にぶちのめし合った仲ってもんは
百万語のべたついた友情ごっこに勝る
男と男の魂の語らいとなって
おれの体になにかを刻み込んでくれたKCコミック あしたのジョー(14)P61 (C)高森朝雄・ちばてつや 2012
深く鮮烈な友情でした。