「あしたのジョー」すべての出来事を漫画とアニメの違いを確認しながら振り返っています。

アニメ、漫画の該当箇所も書いておくので「あの場面は、何巻だっけ?アニメの第何話だっけ?」と思った時にもご活用ください。




エピソード

「やっぱりホセは強い。まともにぶつかっては、とても敵わない」と言うジョーに、段平は、棄権しようと提案します。

ジョーの答えは、

待ってくれよおっちゃん…

おれは…
まだ真っ白に成りきっていねえんだぜ

KCコミックあしたのジョー(20)P185 (c)高森朝雄・ちばてつや2012

でした。

隅田川を眺めながら紀子に語った言葉をジョーは、思い出しています。

真っ白な灰になるまでやらせてくれよ
なんにもいわねえでよ

KCコミックあしたのジョー(20)P190 (c)高森朝雄・ちばてつや2012

紀ちゃんとのやりとりは知っているけど、私も聞きたい。
「真っ白とはどういう意味?」

真っ白な灰を突き詰めれば、命まで燃え尽きた状態に行き着くように思います。

でもあの時は、これまでの試合をそう例えただけだったはずです。
リングでだけ体験できる充実感のことを、真っ赤に燃え上がって真っ白な灰になると表現した言葉だったはず。

今も、死ぬと決めているわけではないと思いますが、死んでも構わないと思っているようには見えます。

いえ、思っているでしょう。

いつから?

パンチドランク症状に気付いてから?

それとも…

力石との試合の後ジョーは、ボディしか打てなくなり、ドサ周りへ。カーロスと出会って息を吹き返し、その後はランキングを駆け上がりました。

どうしてカーロス後のジョーは、あんなに強かったのでしょう。

才能があったのは分かります。練習もしたでしょう。カーロスとの対戦自体が、普通の練習よりもずっとずっとジョーを磨いたであろうことも想像がつきます。

それにしても…

あの頃には、もう段平はコーチらしいことをしていませんでした。
ほとんど指導を受けずに、なぜ急に強くなったのでしょう。

力石との試合では、両手ブラリで近寄ってくる力石をとても怖がっていました。

力石のトリプルクロスを受けたら命がないかもしれないからです。

それは、生物としてノーマルな感覚です。

リング復帰後のジョーには、それが感じられません。

コークスクリューだろうが舞々だろうが、やるならやれよのスタンスに見えます。

ボディブロー尽くしやテンプルの打てない障害の背後で、自身を守ろうとする心を失くしていたとしたら、立ち直った後の強さも頷けます。

防衛の意識を持たずにリングへ上がって、この人は何をしたかったのか。

力石やカーロスへの贖罪のためにリングで死のうとしていたのか。

それだけではないような気がします。

どう言ったらいいのか…わずかにポジティブですらあるマインドです。

つまり

死んでも構わないという状態は、究極の自由だということです。

私たちが不自由なのは、死んだら困るからです。

死んだらイヤだから崖から飛び立てないし、深海にも潜れません。

空腹程度で苦痛を感じて毎日数回の補給をしなければならず、わずか十数時間の活動で疲れ、定期的に眠らなければいけません。

正常な人間とは、不自由で不便なものなのです。

自由しか持たずに育った孤児が今、並みの人間には決して手にすることの出来ない無垢の自由を実現しようと言うなら、黙って見ているしかないでしょう。

該当箇所


コミック:20巻P185~190
アニメ2:第46話「凄絶…果てしなき死闘」

コミックの掲載箇所としているのはKCコミックでのページです。

原作とアニメの相違点

アニメだけの紀子の回想

ジョーのパンチが突然当たらなくなる頃、観客席で紀子は、ジョーとの会話を思い出していました。

結婚式の少し前のことで、おそらくふたりの最後の会話でしょう。

ジムの横の土手で紀子は、西との結婚になかなか踏み切れなかったと打ち明けますが、ジョーは、「西はいい奴なのにどうしてさ」とはぐらかします。

今度の試合が終わったら、ジョーはまたどこかへ旅に出るのではないかと考える紀子が、今度旅立ったら、もう戻ってこないような気がすると言うと、ジョーは、必ず帰ってくると答えますが…

旅に出ること、少なくとも一度は山谷を離れることが、もうジョーの中で決まったような口ぶりです。

試合の結果に関係なく、これがジョーとの別れになることをアニメの紀子は知っているのです。

原作にはこの回想はなく…と言うより、紀ちゃんは会場へ来ていません。

 

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