「あしたのジョー」すべての出来事を漫画とアニメの違いを確認しながら振り返っています。

アニメ、漫画の該当箇所も書いておくので「あの場面は、何巻だっけ?アニメの第何話だっけ?」と思った時にもご活用ください。




エピソード

※アニメ1だけのエピソードです。

カーロス戦後、一足先に泪橋に帰って宴会の支度をしていた山谷メンバー(段平、西、紀子、子供たち)でしたが、ジョーがなかなか帰ってきません。

待ちくたびれる頃、車の止まる音が。

「やっとジョーが来た」とサチはドアのほうへ駆けていきますが、ドアの外に立っていたのは、葉子でした。葉子ひとり。

ジョーは、葉子の車で帰ってくるはずだったのに…

葉子は、矢吹くんは旅立った。止めたけれども行ってしまったと告げます。

葉子から段平へジョーの手紙が渡されます。

また旅に出る。理由はない。
自分は世界チャンピオンという柄ではない。
縁があったらまた会おう。

※かなり要約しています。

ジョーは新たなあしたを探しに行きました。

該当箇所

コミック:該当箇所なし
アニメ1:第79話「燃えろ 遠く輝ける明日よ!!」
アニメ2:該当箇所なし

コミックの掲載箇所としているのはKCコミックでのページです。

原作とアニメの相違点

アニメ1最終話です。

原作と原作のラストまでをカバーするアニメ2は、まだ続くので、ココでジョーがいなくなることは、ありません。

「あしたのジョー」は、この後、より文学的な色彩を強め、ジョーは、ただ燃え尽きることだけを望むようになります。

ここから先の物語があるからこそ、「あしたのジョー」は特別な作品なのだと思います。

原作がこういう結末だったら、現在まで読み継がれる傑作にはなっていなかったでしょう。

ですが…

この形で終わるのも悪くはないと言いますか…

カーロスとの対戦を終え、葉子と力石の話をして、その後ジョーがやることって、どこかへ旅立つのが一番自然な気がします。

「あしたのジョー」には、おそらく製作者も意図していなかったもうひとつのテーマがあるように思います。

発光するジョーと、ジョーが放つ光を浴びていたいだけの段平

という構図から見えてくるものが。

眩しい人には誰もが惹かれ、眺め続けていたくなりますが、他人を照らし続ける義務のある人などいません。

光源は、今日どこかへ行ってしまうかもしれないし、死んでしまうかもしれません。

未来を照らせるのは、自分が発する光だけ。

矢吹チルドレンたるドヤ街の子供たちには、絶対にジョー側の人間に、自ら発光する人間になって欲しいと思います。

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